|
2006年10月13日
三輪定宣氏(千葉大学名誉教授、帝京平成大学教授)
特殊法人労連学習会で三輪教授が講演された内容の抜粋を掲載します。
見出しは編集部がつけました。
−−−−−E−−−−−
歴史に学ぶ―学制から教育勅語へ
時代の重大な分岐点において、判断の根拠として歴史の教訓を想起したい。
日本の近代公教育制度の出発点、1872年(明治5年)の「学制」の前文は、「学問は身を立てるの財本」であり、「国家の為」に学問するのは「惑えるの甚だしきもの」と述べ、個人のための学問を奨励し、国家のための教育・学問を否定していた。
しかし、教育勅語(1890年、明治23年)は、教育は、人々自らのためではなく、天皇や国家のためにおこなうものとして原理を逆転させ、次のように述べる。
「忠」は「我ガ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源」「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壊無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」と。天皇への忠誠心こそ日本の優れた伝統、教育の根源であり、国の一大事(戦争など)には国家という「公」のために滅私奉公し、天皇と国家のため潔く自己犠牲となることが国民の努めであるという。
教育勅語の出た翌年、1891年の「小学校教則大綱」は、「徳性ノ涵養ハ教育上最モ意ヲ用フへキナリ」「修身ハ教育ニ関スル勅語ノ趣旨ニ基ヅキ・・殊ニ尊王愛国ノ志気ヲ養ハンコト」などと規定し、同年の「小学校祝日大祭日儀式規程」は、天皇・皇后の「御真影」(写真)への最敬礼、天皇陛下万歳、教育勅語「奉読」、「唱歌ヲ合唱」などにより「忠君愛国
ノ志気ヲ涵養」することを義務づける。1893年のいわゆるかん口令(ものを言わせない命令)により教員の政治批判・活動が禁止され、1904年には国定教科書が全国の小学校で採択された。
教育勅語制定と戦争への道
教育の軍国主義は、昭和期には荒木貞夫陸軍大将が文部大臣に、鈴木貫太郎海軍大将が教育審議会総裁(会長)にそれぞれ就任するなど(1938年)、軍部が教育を丸ごと支配し、戦争に総動員する体制にまで仕上げられた。
教育勅語発布4年後の1894年の日清戦争を皮切りに、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、日中戦争、第二次世界大戦へと、教育勅語制定後の半世紀は戦争一色の歴史を歩む。政府が戦争を起こせば、いくらでも兵士を育成・供給できる教育体制の完璧な構築こそ、戦争国家の肥大・暴走のレールとなったのではないか。もし、教育勅語が制定されず、または別の内容のものであったならば、日本の歴史は違ったものであったろう。
教員免許はく奪
国粋派は、第一の教育勅語といわれる「教学聖旨」(1881年)を経て、勅語にその天皇制教育理念を結実させる。教育勅語制定時は、自由民権運動弾圧の一環として、「小学校教員心得」に「尊王愛国」思想が義務づけられ、「小学校教員品行検定規則」にそれを欠く者の免許状没収が規定され、総数の推定3〜4割の教員が教壇からパージされた。当時、教育勅語を批判し、その浸透を阻む主体は息の根を止められたのであった。
−−−−−−−F−−−−−−−
廃案こそ最前の選択
文部科学省は、「教育基本法について(説明資料)」を作成し、PTA大会などで配布して、実施を前提に説明している。自民党は、7月から都道府県主催の「教育基本法改正フォーラム」を開催している。民主党は7月11日、「教育再生本部」(本部長:鳩山由紀夫幹事長)を設置し、民主党案をアピールする対話集会を全国各地で開催した。
教育基本法「改正」法案の行方は大きく4つに分かれよう。
@与党(自民党・公明党)が、原案通り無修正で強行採決する。
A与党が民主党と協議を重ね、修正案を採決する。
B継続審議とする。
C廃案とする。
現実には@Aの可能性が高く、そうなれば教育の基本理念において国民の意見は深刻な分裂・対立状態となり、教育問題の解決に致命的な打撃となる。「愛国心」教育が肥大化し、独り歩きをはじめ、日米軍事体制や勢いづく保守勢力の攻勢のもとで、父母・国民、教職員の口は封じられ、翼賛化され、露骨な教育管理・支配がまかり通るであろう。
法案は、内容はもとより形式の点でも不備欠陥があり、教育政策の決定ルールに完全に反している。ちなみに、教育政策の国際的慣習・常識は、当局と関係諸団体との協議による合意形成が原則とされ、各国で実施されている。
例えば、ILO・ユネスコ「教師の地位に関する勧告」(1966年)は、「教育政策およびその明確な目標を定めるため、当局、教員団体、使用者団体、労働者団体、父母の団体、文化団体および学術研究機関の間で緊密な協力が行われるものとする」と明記し、ユネスコ「教員の役割と地位に関する勧告」(1996年)は、関係団体との「協議、調整及び対話を通じて、教育の変革と方向性を明記すること。このような協議や調整は、教育プロジェクトまたは改革の実施段階に限定されるべきではなく、その計画策定、着手、フォローアップ及び評価にも関与すべきである」と述べている。
教育基本法「改正」案の作成・審議では、実際の教育に重要な役割を果たしている教職員組合の存在、意見さえ無視し、その強い反対にもかかわらず、強行採決の構えである。民主主義の深化を課題とする21世紀の国際社会にあって、その逆行振りは際立っている。まさにファシズムである。
廃案こそ最前の選択であり、その方向での世論形成が焦眉の課題となっている。憲法の平和主義を支持する広汎な国民の間に、この危機感と展望が何処まで共有できるであろうか。
(おわり) |